株式トレーダー必見!「証券分析」の本質的価値とは!?

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2016050901

本記事ではグレアムの投資理論のより深い部分に触れていきたい。

まず書きたいのは、そもそも「証券分析」とはどのようなもので、どのような役割を持っているかということである。そして、それを明らかにするにあたって、「本質的価値」の基本的な概念も把握しておくべきである。これまでも事あるごとに、「本質的価値よりも安い株価で売られているものが割安株である」とは言ってきたものの、ではその本質的価値とはどのようなものなのか、そもそも算出できるものなのか、もし算出できるならばどのように算出するのかなどには触れてこなかった。本稿では、そのことも明らかにしたい。

証券分析の意味と成り立ち

まず「証券分析」とは何かということであるが、そもそも「分析」とは、入手可能な事実を詳細に検討することによって、確立された原則と有効な論理に従い、結論を引き出すことと定義されている。

この意味から考えるならば、「証券分析」とは企業の公表する決算データや有価証券報告書などの入手可能な事実を検討することによって、また確立された原則や有効な投資理論に従い、その証券は購入に値するか、もしくは売却すべきかなどの結論を引き出すことであると考えられる。

もっとも、分析と言えば一般的には科学的な方法論を指すことが多いが、証券分析には科学的な意味合いはない。投資は科学ではなく、投資家の技術や運も影響してくるからである。しかし、そのような中でも分析が有効な手段となることは間違いない。

現代に受け継がれる証券分析が確立されたのは、1929年の株式大暴落(いわゆる世界恐慌)が原因である。それ以前にも証券分析は存在したが、財務報告と統計データの分析による分析がメインであった。

そのような分析によって架空の株式価格を推奨していたのであるが、株式大暴落によって経済が崩壊し、多くの企業が壊滅的な打撃を受けたことで、従来の証券分析は信用できないものとなった。その経験から、それまでの証券分析の欠陥が明らかとなり、「証券分析とは何か」ということが再び考えられるようになった。

もちろん、世界恐慌のようなことはそれまで前代未聞のことであったし、その後も同様あるいはそれ以上の出来事が起こるとは考えにくく、もし起こったとしてもそれがイレギュラーな事象であることに変わりはない。そのため、証券分析は世界恐慌をベースに作られたものではない。この出来事を機に証券分析を再検討し、より有効な分析手法を編み出そうとしたということである。
 

証券分析の役割

証券分析にはどのような役割があるかと言えば、それは記述的な役割、選択的な役割、批判的な役割に分けられる。

記述的な役割とは、特定の問題に対して事実を明確に記述し、分かりやすい方法で説明する役割のことである。証券会社をはじめ、あらゆる期間や媒体で証券に対するあらゆる情報が提供されているが、それも記述的な役割である。また、事実をそのままに記述するだけではなく、特定の証券の利点と欠点を評価し記述することや、その証券を発行する企業の業績を同業他社の業績と比較したり、その企業の業績に影響を与える要因を検討したりすることも、記述的な役割である。

証券分析の役割の中でも、記述的な役割は当然のことであるからこれ以上の解説は不要であると思う。それよりも、選択的な役割批判的な役割を、明らかにした方が有益であろう。

証券分析の選択的な役割と批判的な役割においては、記述的な役割以上に深い分析が加えられる。分析の結果としての買い・売り・保有の判断は、この役割から成されるものである。このことは、証券分析の選択的な役割が発揮されやすい状況を見ていくことによって、よくわかると思う。いくつか見てみよう。

普通株の場合

1922年、ライト・エアロノーチカルの普通株は8ドルで売られていた。配当率は1ドルであり、1株当たり利益は2ドルであり、保有現金資産は1株当たり8ドル以上あった。価値が株価を大幅に上回っていることは明白であり、このように分析すると買いが推奨される。

ちなみに、同社の株価は1928年には280ドルまで上昇した。この時、急成長する同社の株を買った投資家も多かったであろう。しかし、この時すでに1株当たりの正味資産価値は50ドル以下となっていた。本質的価値は株価を大幅に下回っており、証券分析の選択的・批判的な役割をもってすれば、買ってはならないことが分かる。

優先株や社債の場合

1928年、セントルイス・サンフランシスコ鉄道は、配当6%の非累積的優先株を額面100ドルで発行した。優先株を検討する際には支払い能力が重視されるが、同社では金融費用と優先配当を合算した支払い費用の1.5倍以上の収益を上げたことがなかった。このように分析すると、この証券は安全性に乏しく、購入するべきではないことが分かる。

1932年、オーエンス・イリノイ・ガラスは利率5%の中期債(1939年満期)を額面70ドルで発行した。同社の支払い能力は高く、不況期でも支払利息を大幅に上回る収益をあげていた。流動資産を見ても、この中期債の元利償還額を大幅に上回っていた。さらに、時価総額は最低水準であった。このように分析すると、この中期債は十分な安全性がある上に、価格も割安であることが分かり、購入すべきであることが分かる。

1933年、インターボロー・ラピッド・トランジットでは、利率5%の一番抵当付き借換債と利率7%の担保付き中期債は、ともに62ドルで売られていた。どちらも62ドルで売られていれば、利率の高い債券の方が有利であるのは間違いないことである。さらに、この中期債は借換債の積立金で担保されていたため、安全性もばっちりであった。7%中期債の本質的価値は間違いなく5%借換債よりも高く、証券分析の選択的な役割によって、同じ価格の証券のうちどちらを選択すべきかがわかったのである。

本質的価値とは何か

では、本質的価値とは何なのであろうか。簡単に言うならば、本質的価値とは証券分析によって知ることができた、当該証券の具体的な価値のことである。

企業の資産、収益、配当、業績の見通しなどによって裏付けられた本質的価値と、恣意的な価格操作や投資家たちの心理によって形成された市場価格の乖離を発見することによって、利益を得ることも可能となる。

しかし勘違いしてはならないのが、証券の本質的価値は捉えどころのない概念であるということである。証券の本質的価値は、株価のように明確に決められるものと思われがちなものであるが(例えば「現在A社の株価は1000円であるのに対し、本質的な価値は1500円である」というように)、実際にはそのように明確な数値で表すことはできないものである。

現在の証券分析が確立される以前は、本質的価値とは簿価と同じものであると考えられていたが、その後収益力によって決まるものと考えられるようになった。収益力とは、企業の将来的な期待収益のことである。この「収益力」という概念そのものが非常に不透明なものである。なぜならば、将来のことは分からないからである。企業の将来的な期待収益を知るべく、過去の平均収益を調べ、そこからトレンドを見出し収益力を測定しようとする場合もあるが、それはあくまで参考に過ぎない。

例えば、ある会社が過去10年間で様々な利益を上げてきたとする。赤字の年もあったし、黒字の年もあった。大きな赤字の年もあれば小さな赤字の年もあり、また大きな黒字の年もあれば小さな黒字の年もあった。各年を平均化すると、1株当たりの平均利益は10ドルであった。もし企業の将来的な期待収益はすなわち過去の一定期間の平均収益であるとしたならば、来年以降も平均して10ドルの利益を上げていくと考えることができる。

しかし、果たしてそのような考え方が正しいだろうか?この平均利益は、互いに関係ない年の利益を平均化したものに過ぎず、来年も10ドルの利益を上げられる根拠には全くならない。これを本質的価値とするには、あまりにも心もとない。

では、本質的価値とは何なのか。それは、前述の通り明確には数値化できないものの、確かにそのくらいの価値があるというものである。証券分析の目的は、証券の価値を明確な数字として求めることではないし、そのようなことは不可能である。投資雑誌などで、「B社の株は現在割安であり、3000円まで上がることが見込める」などと書いていることがあるが、あのような記述にはあまり信憑性はないと言っていい。

証券分析にできることは、

  • その証券の時価はその価値が保証され、またはその証券を購入することが正当化される水準として妥当なものなのか
  • その証券の本来的な価値と時価の乖離はどれくらいあるのか

ということにヒントを示すことである。

これを知るためには、明確な数値は必要なく、大まかな数字を知ることができればよい。例えば、20歳以上は法律で禁止されているお酒やたばこを購入しようとする人がいたとき、その人の年齢を確認することができない場合でも、明らかに老けている場合には、その人は20歳以上であると即座に判断できるようなものである。

そのようなことを客観的に示すのが証券分析である。すなわち、その企業が公表しているデータを見たとき、その株式が本質的価値よりも明らかに高値や安値で取引されていれば、売買の判断は即座にできる。

例えば、上記のライト・エアロノーチカルの普通株を1922年の時点で証券分析の対象としたならば、同社の本質的価値が時価を大幅に上回っていたことは即座にわかる。そして、後年280ドルに上がった時には、本質的価値が時価を大幅に下回っていることが即座にわかる。本質的価値とはこのようなことである。

まとめ:本質的価値の概念

つまり、本質的価値の概念は基本的には柔軟なのである。そのため、証券分析によって本質的価値を把握しようとする場合には、柔軟に利用しなければならない。大まかな価値の範囲を設定したならば、その範囲内で価値が変化する。市場が不安定である場合には本質的価値の変化率も大きくなり、時には想定した本質的価値から大きく外れることもある。だからこそ、時には柔軟に利用する態度が求められる。

しかし、本質的価値の概念が明白であることもある。インターボロー・ラピッド・トランジットのケースがそれである。同社の7%中期債の価値が5%借換債の価値を上回っているのは明白であり、言い換えるならばこの場合は5%借換債の市場価格が7%中期債の価値を決めているようなものである。つまり、7%中期債の価値が5%借換債と比較して常に一定の差を維持して上回るとは限らないが、常に上回っていると断言できるほどには価値の差があるのである。

このような場合は、本質的価値の概念が明白となる場合であり、証券分析の結果自信をもって投資することができるだろう。もっとも、このようなケースは典型的な例であり、一般的ではない。しかし、本質的価値の概念を把握するにおいては好例といえる。


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